2010.04.17 05:43

22年4月11日「盛大に~~」大勢が集まってくれました。顔なじみも来てくれました。中山間地フォーラムのお世話になっている人達も学生さんと一緒に来てくれました。ビデオクラブの仲間も写真撮りやビデオ撮りに来てくれました。何だか心通じたようで嬉しかったのです。思わず~~「うわあ~~」っと歓声~素晴らしいひと時でした。
先に県庁に出しました。
県民リポーター記事…
◇南牧村星尾の「御柱祭」盛大に!(4月11日 南牧村)
http://www.pref.gunma.jp/cts/contents?CONTENTS_ID=92758

「よいしょ~よいしょ~」の掛け声が清き立岩の穏山に木魂した。爽やかな心地よい空気が歴史の門を開いた一瞬でした。今年で柱が50本目なので、300年は続いている事に、時代をタイムスリップしたような先人への感謝の心を抱く伝統行事に後世に引き継いで行かなくてはならない事なのだと改めて「生き継ぐ」実感を覚えました。
自然溢れる南牧村は、昔のままが活き継いでいる村なのです。現在各地に色んな伝統行事がありますが、中々継続は難しい状態です。地域を知って貰う試みが今必要な気がします。この星尾地区では、地元の祭りとして長野県諏訪神社の「御柱祭」の分社として、群馬県下で唯一残っている氏子祭りなのです。中仙道と甲州街道が交わる交通の便で有名な諏訪の「御柱祭」はテレビで目にしてる人が多いと思いますが、その生き継がれて来た行事が6年に1度今も続いて、山から御柱を引きずり出すのは、今や少子高齢化の象徴ともいうべき担い手不足で大変なことなのです。今年は本当に300年目の節目となり、昨年のうちに切り倒し、地下に埋め込む部分はロープに引かれる穴を掘り、前段階の準備も大変です。襷や記念の鉢巻を250本以上準備してたそうで、来訪者の寸志にて配布したのですが、なくなるほどの人数が集まり、襷を締めて鉢巻をして心一つに纏まって地域力の賜物です。南牧村小沢の今井製材さんのクレ‐ンを利用し始めて24年目、つまり4本目になります。昔の人達は、手作業でみんなの協力でやって来たのかと思うと涙が出てくるような感動すらあり胸熱くなりました。女士が用意してくれたお赤飯が美味しかったです。今年の柱は今までに無い最高の大きさと太さのある立派な御柱でした。山から切り出した時は14m以上あったそうです。神社の前で皮を剥き、頭部分は七画に削られ、七色の虹に見立ててクレヨンで色塗り、平和を願い万物平譲、子孫繁栄:子授かりの神様として、大地ににょっきり顔を出すのです。「御柱祭」に相応しい見事な勇姿は立ち上がりに拍手が起こるほど、雄大な立岩の景観にマッチして時を感じるドラマがありました。(子供を欲しい人は色塗りをどうぞ~~っと)

こういう地域を知る行事を未来ある子供たちの教育に伝えたい。知って貰いたいそう思う自分でした。私は一の宮の貫前神社で巫女として使えて来た子供時代があります。瞼を閉じると大勢行き交った御遷宮や二年詣りなど、多くの思い出が脳裏を離れません。ふるさとを思う心が自然と身体に染み付いているようです。
私の5人の子供達が育った頃は、磐戸小学校、中学校が隣同士にあり、PTAも磐戸小中合同PTAでした。保育園もすぐ傍です。今こそあちこちで小中一貫校を盛んに奨励していますが、昔ながらの教育は、「子は宝」地域ぐるみで育ててこそ、いい教育が出来るのだと思います。今では時代と共に仕方ないのかも知れませんが、勿体無い廃校になった尾沢小が、昔を偲ぶ歴史資料館になっています。昨年7月…高崎経済大学の千葉ゼミ生も、郷土研究に来てくださった時に、軍服を始め、昔の子ども達が慣れ親しんだメンコやビ-玉など、資料館にはいっぱい触れ合えて喜んで帰りました。今回の総代:小林さんに、「御柱祭」の説明もして貰い、螺旋階段を下りて神秘の滝「線が滝」にも案内すると感動ものでした。そこは別世界です。南牧村の象徴:星尾立岩は最高の景色です。春夏秋冬~~楽しめます。きっと人生の芽の出会いが在る筈です。都会の疲れから癒しを感じにおいでなんし。
| ふるさと再発見 | コメント(0) | トラックバック(0) | ↑ |
2010.04.14 07:29

4月4日~8日の期間に六車カタクリこみち祭りが始まり、初日の4日にカタクリに逢いに行って来ました。埼玉から音楽関係者家族もやネット繋がりでお世話になっている安中の人と6人で一緒に見に行きました。もうすでに先日つぼみだった可憐なカタクリの花は、見事に咲き誇り、傾斜面一面に愛用の恵みを浴びて、綺麗に輝いていました。今年は早い?ような、以前のような群生の勢いは鹿などの被害のせいか少しまばらなのが、悔しいほどです。
前にネットで紹介~「カタクリ:地元の頑張りにPRで応援・・」
http://ameblo.jp/hurusatosaiseisikakenin/entry-10476525029.html
そして今回もどうしても県庁のHPにアップして欲しかったので、そちらへ先に投稿しました。
県民リポ‐タ‐として、多くの人に、田舎の頑張りを解って欲しいのです。お祭りになるまでの準備や草刈り、小路の清掃、地元の皆さんの協力があってこその出来るお祭りなのです。現代の社会にコミュニケ‐ションほど大切なものはありません。それが出来る田舎だからこその行事なのです。私が嫁いで来てから、長い年月のお付き合いの仲で、大切やお客さんや地元の多くの方々の努力に感謝したいと思います。その為に参上します。小さな努力が大きな積み重ねになるのだと実感しています。
県民リポ‐タ‐の記事~~
◇南牧村の春便り(4月4日 南牧村)
http://www.pref.gunma.jp/cts/contents?CONTENTS_ID=92599
校正は任せていますので、、、、、、掲載されるだけ有難いです。
そして嬉しい事に、「ぐんま一番」の片岡鶴太郎氏の群馬テレビの番組に、4/16放映されます。
3/25と、4/2に取材に来てくれたのです。前回にも商工会の方で出演しちゃいました。へへへ~~
今回は中学校へ行き、けっこう撮ったようです。かたくり作り名人の三ツ木さんが、一緒にロケしたと、懇意にしているので写真を見せてくれました。そして「宣伝しとくからね~~。」と、写真を写真に撮りました。鶴太郎さんは群馬県にとってなくてはならない存在の人なんです。ホントに意味でぐんま一番です。


「鶴太郎のぐんま一番」
http://www.pref.gunma.jp/cts/PortalServlet?DISPLAY_ID=DIRECT&NEXT_DISPLAY_ID=U000004&CONTENTS_ID=77401
先祖が築き上げた大切な大地を守っていく事こそ、未来の日本を守ることに繋がるのです。小路を見守る各家の傍らにひっそりとあるお墓や道祖神など、通る時、そっと瞼を閉じ、会釈して通り先祖様と会話している自分です。なんだか心が和らぎます。
ぜひご覧ください。
閣下さん、Kreisさん~~来てくれてありがとう。
いよいよ立ち上げました。応援してください。
「音楽村を作ろう~~」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4948201
皆さん大勢参加してください。
都会と田舎の共生にご協力ください。
| ふるさと再発見 | コメント(0) | トラックバック(0) | ↑ |
2009.04.16 12:51

昨年から、色んな形で村興しに関わって来た。
役場の若い人たちと、南牧村の「滝」を紹介するマップ作りをと、活性化ワ‐クショップを開いた。
2008/4/10「南牧村活性化ワ-クショップ開催」①
http://green.ap.teacup.com/jnkanbe2254/85.html
2008/4/10「南牧ワ-クショップの日に・・」②
http://green.ap.teacup.com/jnkanbe2254/86.html
昨年の夏と暮れ~~。
今年は1/21 7:00より~
役場の多目的会議室でのワ-クショップ、これで4回目。
南牧村の色々な紹介したい事が出ます。
「あの鍾乳洞はこえ~よなあ~~」
「あの滝も、滝って言えるんか?今は水ねえけど~~」
「時季にゃあすげえんだけどなあ~~」
「そうだ!名前だあ~~年寄りじゃあねえとしらねえど」
「じゃあきいてんべえ~~」
ってな具合に、お客さん家に電話で聞きまくり~
南牧村の自然いっぱいの綺麗な滝が存在が発覚します。
世に出したい財産です。
そんな地域発信を<おもしろマップ>として形に。
色んな意見が飛び交います。
若者と語る村興しの一齣です。
どんな風に仕上がるか?
後は出来てのお楽しみ~~。
がんばろう~~
いいところ探して良いことを発信。
これが地域おこしに繋がります。
『駄目だ』のマイナスは聞きたくない。
外からの人の出入りを歓迎しましょう。
南牧村はいいところです。
色んな事にチャレンジして“ふるさと再生仕掛け人・・・”としてやるっきゃない。
| ふるさと再発見 | コメント(0) | トラックバック(0) | ↑ |
2009.02.24 09:36

12/19思い切って出掛けた東京。
筑紫哲也氏の意を継ぐ会に参加できて、光栄でした。
何しろ豪華メンバ‐で、自分自身で驚きでした。
田舎もんの私には、今考えても不思議くらいです。
朝9:25の下仁田発の高速バスに乗って出掛けた。
早めに出かけたので、TBS社葬にも間に合うほどでしたが、会場を見、持って行った荷物が重くて、紀尾井町の平和第一ビルを探し歩き、くたくた。お昼も食べずあちこち聞いて田舎もん丸出し、ただただ荷物が重くてようやくたどり着いたのが、1時前、皆さん準備の真っ最中で、お昼中でした。お茶を貰って荷物を置いて「お別れ会」会場へ。
筑紫氏「お別れの会」献花参列の思い・・
http://green.ap.teacup.com/jnkanbe2254/100.html
(この記事でちょうど100になる記念の記事に。)
弔問献花を済ませ、一人赤坂プリンスホテルの一階ラウンジで、ティ‐タイム。こんな事初めてかもしれない。OLだったら毎日こんな生活なんだろうな?などと思ったりした。抹茶ケ‐キとアイスコ‐ヒ‐で一休み。足を休め体力温存の為。しかし都会は歩く。その事にビックリ。
3時前には会場に着いたので、一緒に設営準備です。届いたふるさとの御摘み品や食料品がメインです。切って紙皿に盛り付けたり、いつもながらの紹介メッセ-ジ入り名札や名詞には心が通います。壁いっぱいの掲示物は、筑紫さんとの絆の証です。全国から寄せられたメッセ-ジには、意を継ぐ思いが込められています。一つ一つ読んでやりたい写真達にも一つ一つ眼を奪われます。やはりこれが「スロ‐ライフのひと 筑紫哲也を継ぐ会」に相応しい設営なんだと、改めて感動でした。
* 筑紫さんへの感謝の思いメッセ-ジ
* スロ‐ライフとまちづくりで関わった行事写真
* 大きな遺影に、飾り付けられた花かご
* この日の為に持ち込まれた“凛”の鈴奏
* 筑紫さんの息の懸かった書庫「スロ‐ライフ文庫」の提示・・
* 今日のメイン…全国から集まった特産品や名物の数々、酒類の飲み物
* この日手渡された出席者名簿と筑紫さん直筆の思いメッセ-ジコピー
* 駆けつけたスロ‐ライフに関わって来た同士「意を継ぐ会」の面々・・・
想像してください。眼を瞑ると、在りし日の筑紫さんの思いが胸に込上げる方々ばかりです。時間前に徐々に集まり、4時からさっと始った懇親振り・・・
「黙祷」…り~~んり~~~んり~~~ん。
喉を潤し、全国の名物に舌鼓、顔見知りのご挨拶。始めててあってもなんら関係している為に、気さくに名刺交換やお話が出来る。そして今回私が参加したかったのは、南牧村を訪れて下さった方々が沢山…ネットでの交流が深まり地域ライタ‐同士でお会いした人たちが沢山、年の瀬の感謝の意味で思い切って出かけました。
ぶらっとの大御所日本テレネットの瀧社長さん、スロライフ・ジャパンの川島理事長夫妻や野口事務局長(元編)やスタッフ、お世話になりっぱなしの名田いく子さん、亀山さん、北海道の荻生さん、写真撮りに来てくれた金井さん、地域ライタ‐仲間の斉藤睦さん、来栖さん、木暮さん、昨年台風後に応援隊で来てくださったチンドンのシマさん(嶋崎 靖氏)をはじめ、田舎さみっとでお世話になった映画「いのちの作法」でお馴染みの武重先生、今年掛川市に出向いてお世話になった静岡市≪ライフスタイルカレッジ≫の面々(長谷川八重さんをはじめブログ仲間の5人集)、ブログで交流のある新潟の村井さん御夫婦や、島根大学の田島教授、などなど層々たるメンバ‐です。南牧村の田舎から参加できて、本当に良かったと今回設営準備してくれた関係各位スタッフの皆さんに感謝の気持ちでいっぱいでした。お疲れ様でしたと言いたいのです。
5:00いよいよメンバ‐総揃いの頃…改めまして
「黙祷」…り~~んり~~~んり~~~ん。
「スロ‐ライフのひと 筑紫哲也を継ぐ会」

挨拶に立つ東大の神野教授

歌舞伎町で司会された前増田大臣
そのものの開演です。テレビなどでお馴染みの東大の神野教授が筑紫さんとの関わりや気持ち、今後の取り組みなど話してくださり、次に前増田大臣も挨拶に立たれ、歌舞伎町でのスロ‐ライフ学会のお話や、岩手県知事時代の話など、和気藹々とした雰囲気は素晴らしいものでした。筑紫さんが関わってからの各地で行われた「スロ‐ライフ月間」の功績を兵庫県知事や、岩手県遠野市の方、島根県智頭町や佐賀県小城市の方々など、実践発表された敬意や筑紫さんとのエピソ‐ドなど、静岡県掛川市の長谷川八重さんが胸いっぱいの気持ちを述べられ感無量でした。ここでも改めて筑紫さんの偉業とでも言いましょうか?屈託無い庶民的な行動が受けていたのだと思います。
挨拶の後、懇親会で写真をご一緒し、光栄でした。歌舞伎町を思い出します。
神野先生は、筑紫さんが書いてくれた記事を覚えていて下さり、優しく応対してくれました。こういう方々に村の再生を頼みたいなと正直思いました。
スロ‐ライフとまちづくりの様子はこちら…
http://www.slowlife-japan.jp/
ここに関われた事に感謝してます。ありがとう御座いました。今までに全国に日刊ブログ新聞「ぶらっと」を通じて関われた方々の他、南牧村に縁ある人たちが増えて下さり、多くの皆さんにお会い出来て大変嬉しい師走の出来事…思い出の一時になりました。

南牧村に深く関わってくださったチンドンしまさんと映画の武重先生です。
徐々に遠い方々や、用のある人など帰り始め、江戸川大学の鈴木輝隆教授が学生達との関わりに若さを貰い、スポ‐ツを通しての頑張っている様子をお聞きして勇気を貰いました。まさに息子達がやろうしている所です。リ-ダ‐的若者の育成こそ必要ではないでしょうか?
川島さんや野口編集長の計らいで、恥掻きついでに、最後に私も世間知らずの恐いもんなしが、南牧村の現状を述べ、息子達と頑張りたいことや感謝のきもち、改めて平和を願う筑紫さんの意をみんなに浸透したい。スロ‐ライフとまちづくりに今度は是非南牧村にも遊びに来てください!と、マイクで喋っていたのです。
「意を継ぐ会」を終え、立つ鳥跡を濁さずで、後片付けで撤収!!疲れながらもあっという間に元通りの部屋になりました。会場として貸してくださったオ-ナ‐様にも敬意を表します。それから二次会へ移動。中華料理の居酒屋へも参加して、20名ほどでご苦労さん会。川島さん親子やスロ‐ライフの舞台裏の心を感じて来ました。
設営、準備のご苦労…感謝感謝です。お疲れ様でした。
田舎もんは帰り道解りませんので、亀山さんと一緒に麹町駅へ、ようやく長男の息子の所に行き着いたのは11時過ぎ、土産話したり、デジカメ写真を見せたら言われちゃいました。
「お母さん、良くこんな凄い人の中に行って来られたね。俺だらとても行けないよ。」っと、言われてあっホントだと。
帰り際から今になって、どえらい事してきちゃったような??
日に日に恥じらいが増す様な?参加できました事に光栄を感じます。ありがとう御座いました。
記念スナップ沢山撮りました。




| 田舎もん・・情報発信 | コメント(0) | トラックバック(0) | ↑ |
2009.02.24 09:34
***「筑紫さん!ありがとう」への涙***
次から次へと弔問の長い列が続いた。
ここまでたどり着くのに、散々歩いた気がする…赤坂プリンスホテル
先日の12/19テレビでも放映されていた~~
思い切って行って来ました。東京は赤坂プリンスホテルの一角
2時から始った一般参列者の受付には長蛇の列・・
筑紫さんの偉大さに改めて、惜別の思いが込上げ涙の献花待ち
受付を済ませ、六列に並び、会場に入ってびっくりでした。
飾り付けられた遺影や沢山の花々…
献花台に手向ける“白いカ-ネ‐ション”を手渡され徐々に進む。
・・・・・・・・・・・・・
鞄にしたためて持って行った手向け物をその場の雰囲気で出せず、周りのすすり泣く声に、色んな方々に影響を与え、多くの人々に愛され、あまりに偉大な人だったのだと思わざるを得ない。お年寄りから若い人、大人から子供、男も女も、車椅子の人や、杖ついたひと、年代問わずとにかく沢山の人の弔問に、驚きと感動であった。午前中11時からはTBS社葬として多くの著名人が参列したようである。献花のあと、会場には生前を偲ぶ功績のパネルや多くの写真の展示など、列を成し見入ってはカメラに収めている人が多い。奥まった会場には、ニュ‐ス23の模様や、多事争論の映像が沢山の大きなテレビに映し出されたり、多事争論の一語一句が所狭しと張り出され、押し寄せた多くの観客の眼を奪っていた。在りし日の「筑紫さんを偲ぶ」意味で、「お別れ会」にふさわしい光景でした。
朝日新聞社へ入社間もない若かりし頃の筑紫さんの記録が並ぶ。
多事争論の大きなパネル
映像とともに、在りし日の筑紫さんの話が初々しい。
参列後、記念のパンフレットと礼状が配られていた。そこに出してきた。
私が鞄に忍ばせて持って行ったもの。南牧村の冬の風物もの「切り干し」(さつまいもの干しいも)、BOOK本「ぶらっと」、南牧村のガイドマップ、私の弔辞…
こんな田舎者は居ないだろう!恥ずかしながらの恥掻きついでに献花台ではさすが出せなかったので、関係スタッフの方に渡し「田舎者の気持ちですから、皆さんで召し上がってください。気持ちですから、筑紫さんの奥様に宜しくお伝えください」と手渡して来ました。捨てられてもいい自分の気持ち…ぶらっとに書いてる全国の皆さんの思いを伝えたかった。
少しは気が済んだ。
本気で思い切って東京にまで来て良かったと思った。
全国から、同じ思いの人たちが集い、慈しみ涙の「お別れ会」となり、筑紫哲也氏の人となりを改めて感じ、無念さでいっぱいでした。心からご冥福を祈ります。
それからまた「意を継ぐ会」の会場へ移動で歩いた。
**************************
持って行った弔事の内容~~
------------------------
弔辞 「筑紫さんへ…」 群馬県南牧村 神戸とみ子
少子高齢化の波がヒシヒシと打ち寄せる。田舎の現状にこんなことって・・・。と
唇を噛み締めるしか仕方ありません。こうして色んな事に関わって来れたのも筑紫さんのお陰です。日刊ブログ新聞の中で、「始終至智への旅」コミュニティ掲示板の場や多事争論等、WEBの中で、これからと言う時だけに、心半ばの気持ちが多くのファンの謀り知れ無い無念さだと人生を悔やみます。なんと言う世の中か?切なさでいっぱいです。
どうしようもない怒りのような無念さで一時は呆然としました。筑紫さんにお会いしたかった。ひとことでいい、今の世の中に思っていることを発する事を教えて下さり、筑紫さんに勇気と感動の背中を押して貰い、今日があることをお礼言いたかった。
旅の記事‐第二六回 箸休め http://www.burat.jp/public/shijyu/20080602.html
の中でメッセ‐ジを下さり感無量でした。それを見て頑張ろうと、生きる張り合いが出来ました。田舎でも頑張れる。一生懸命やれば認めてくれる人も出来ると、心から感謝の気持ちでいっぱいです。
現代の世の中に様様な事件が起きるのは、家族が家族で居られない現状。少子高齢化や都会一極集中が招いている社会現象だと思います。自然の恵みは清き水の流れです。上流が下流を思い、下流が上流を思う。 そういう世の中にしたいのです。
私はそれを訴え、田舎のありのままの現状を書き綴って来ました。今や田舎では、自殺者も増えています。少子高齢化の現実は計り知れない問題です。
もっと助け合える世の中にしたい。
親子3世代一緒に生活できる家族を増やしたい。
助け合えるコンパクトシティの構築が夢です。
アメリカ選挙でのオバマ氏は・・・
「州や人種、金持ちも貧乏も無い、大人も子ども無い、みんな人間、差別の無いアメリカに “チェンジ ”」と、言い続けていました。
日本も同じです。一家に親父は二人要りません。国家の親父「日本の長」は、このままでは誰がなっても同じです。争いだらけの社会はこりごりです。自民党も民主党も関係ない。
「平和への願い」を。今こそ国民一人ひとりが自覚し政治そのものを考え直す時では?
未来の子供達に、心からの愛情で育てる活きる学び。ふるさとを大事に思い心通わせ、自立を促す教育、お互いを必要とする立場、それが「家族」日本の心だと。
今必要なのは、子供達の育成です。筑紫さん!
天空から、全国四十七の国を見下ろし、もっともっと激論を交わせとはっぱかけて下さい。世直し事業に貢献して欲しかった分、貴方の意を継いで頑張ります。現実を見据え、悔しさ無念さをバネに頑張ろうと思います。
「平和を願う思い・・」筑紫さんの原点…スロ‐ライフとまちづくり・・・
意を継ぐ同志を見守ってください。
日本の縮図…高齢化率日本一の村民より
----------------------------------
ただただご冥福を祈りたい。
「意を継ぐ会」も素晴らしいものでした…
| 田舎もん・・情報発信 | コメント(0) | トラックバック(0) | ↑ |



